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宮崎地方裁判所 昭和56年(ワ)204号 判決

原告

有限会社宮崎エンジンオイル販売

右代表者

磯崎千幸

右訴訟代理人

渡辺紘光

被告

東政敏

被告

東鈴子

被告

東スエノ

右被告ら訴訟代理人

島信幸

主文

一  被告らは各自原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和五六年四月一七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その一を被告らの負担としその余を原告の負担とする。

事実《省略》

理由

〈前略〉

二労基法違反の抗弁について

被告ら主張の労基法一六条違反の抗弁について検討する。

(一)  労基法一六条は「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」旨を定めている。

これは、労働者が労働契約期間の途中で、転職、逃亡をすることを防ぐため使用者が労働者に違約金や損害賠償額の予定をさせることを認めると、経済的圧迫をおそれる労働者に不当に労働を強制し、労働者の使用者への隷属関係を強める結果を生ずることになるので、これを禁止したものである。

したがつて、同条にいう「労働契約」とは民法上の雇傭のほか委任、請負などの労務供給契約のうち、従属労働ないし労働の従属性の認められるものを指す。即ち、使用者が他人の労務ないし労働を利用すること自体を目的とし、かつ労務者の提供する労働を適宜に配置して一定の目的を達成させる指揮命令権を有し、これに従つて労働の遂行がなされ労働がこれに従属している場合をいうのである。

そして、前認定第二の(二)ないし(五)の事実に照らすと、原告と被告政敏との間の本件専属販売員契約は、形式上は原告から被告政敏ら専属販売員への卸売、専属販売員から学生協会員たる小、中学校教員への小売という法的構成を用いているが、その実質は、原告が専属販売員らを雇入れ、毎朝専属販売員らを集めて原告会社代表者が立てる行動販売計画にもとづき原告の名をもつて原告の顧客である学生協会員に対する原告の指定した価格による販売とアフターサービスに従事させ、その販売量に応じて学生協会員から受取つたチケットを持帰らせて一定の計算法により労働の対価を支払つていたものというべきであり、専属販売員は原告の顧客である学生協会員に対するエンジンオイルの販売、アフターサービスに従事することを職務内容とするもので、直接上司の指揮命令に服することなく遅刻早退等により報酬の減額などがないけれども、毎日ほぼ一定の時間に会社に集合してその日の行動計画に従つて原告会社の指定するところで販売、アフターサービスに従事し、これに対し一定の報酬が支払われるもので、この報酬は専属販売員らの自己の裁量による販売活動による営業利益というよりは、むしろ販売、アフターサービスという労務の提供それ自体の量に応じた能率給的な対価であるとみられる。したがつて、被告政敏ら専属販売員は原告会社との間において労働法の適用を受ける労働契約を締結したものというべきである(最判昭37.5.18民集一六巻五号一一〇八頁、最判昭51.5.6民集三〇巻四号四三七頁参照)。

(二)  そこで、次に信用失墜販売行為に対する損害賠償額の予定の効力につき検討するに、労基法一六条によつて禁止されるのは労働契約の不履行について損害賠償額の予定であつて、それは労働契約の不履行に関する限り、その法的性質が債務不履行か不法行為であるかを問わないが、労働契約に付随し又はこれと密接不可分な関係にある事項に限られ、労働契約と無関係な事項に関する損害賠償額の予定を含まない。

そして、前認定第二の被告政敏の信用失墜販売行為のうち、エンジンオイルの過大な虚偽の値上げを告げて顧客に不必要に多量のオイルを売りつけて苦情を招いた行為は、被告政敏の専属販売員としての労働提供行為であるエンジンオイルの販売方法に関する事項に該当し、これにつき損害賠償額の予定として定められた本件違約金は労基法一六条に違反し無効であるというほかない。

しかしながら、被告政敏が原告から渡されたエンジンオイルと異なる品質の粗悪品を原告会社販売の商品として売渡した行為は、同被告の専属販売員としての原告会社のエンジンオイルの販売という労務提供を逸脱したもので、同被告の故意に基づく詐欺的不法行為であつて、労働契約に付随し、又はこれと密接不可分の関係にある事項に関するものとして労基法一六条によつて禁止される損害賠償額の予定に該当しないと考える。けだし、このような労働者の故意に基づく詐欺的不法行為を防ぐため損害賠償額の予定をしたとしても、これにより労働者に労働を強制し、使用者への隷属関係を強めるものとはいえないからである。

なお、エンジンオイルは自動車の機械の摩擦を防ぐため用いられるもので、オイルに要求される性質としては第一に適当な粘り気があり油膜をいつでも一定の量作つてくれること、第二に粘り気が多すぎると、摩擦が増加し、ガソリン消費量が増えるので適度の粘性にとどめること、の二つがあり、これは互いに相反する要求である。しかも、エンジンのかけ始めは、油の抵抗(油膜)はできるだけ小さくする必要があり、一方高速回転時は焼けつきを防ぐためにも油膜がしつかり保持されている必要があるが、油の性質はこれと反対に高温で粘り気が少なくなるため、特殊な高分子分質を添加してこれにそなえている。添加剤の入つたオイルをマルチグレードと呼び既述の「10W50」とあるのは低温時には10番と同じくらいさらさら、高温時には50番と同じような粘性があるという意味である。

そして、添加剤にはこの他にも多目的に利用されるものがあり、消費者としては各メーカーの商品名を信頼するほかなく、中味を取り替えて表示と異なるエンジンオイルを販売した被告政敏の行為は前示のとおり原告会社の信用を著しく損うもので同被告のエンジンオイルの販売という通常の労務提供行為から著しく逸脱したものというべきである。

したがつて、被告らは原告に対し被告政敏の右粗悪なエンジンオイルの販売による信用失墜に対する損害賠償額の予定として金五〇万円の支払義務がある。

(三)  次に、前認定第二の被告政敏のエンジンオイル抜き替え作業等のアフターサービスにつき原告会社代表者の行動計画に基づく指示に従わず、アフターサービスを怠り、独自の抜き替え作業を行ない原告会社全体のアフターサービスを乱した行為に対する違約金五〇万円の支払を定める本件違約金支払条項は、労働契約の不履行につき違約金を定めたものというべきであるから労基法一六条に違反し無効であるといわねばならない〈以下、省略〉

(吉川義春)

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